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大阪地方裁判所 昭和53年(わ)3310号 判決

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収してある金紙包白色粉末一包を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和五三年一月一五日午後四時五〇分ころ、大阪市住吉区墨江西六丁目九六番地第三奥田マンション二〇五号室の自室において、さきに同マンション一階所在のスーバーマルエー我孫子道店のアルバイト店員岩崎貴昭(当時一七年)らが同店前路上で商品台を作った際の金槌の音がうるさかったとして因縁をつけ、同人の顔面、大腿部を数回足蹴にする暴行を加え、よって同人に対し加療約一週間を要する左頬、左大腿挫傷の傷害を負わせ、

第二  同年四月一四日午後二時二〇分ころ、前記第三奥田マンション二〇三号室前廊下において、写真撮影をしていた瀬口逸二(当時三一年)に対し、「俺の顔をとるなよ」と申し入れたところ同人が「お前の顔は入っておらん」などと返答をした態度に憤激し、いきなりカメラを取りあげ、同人の頭部をそのカメラで殴打し、更に顔面を手拳で殴打するなどの暴行を加え、よって同人に対し加療約三週間を要する左頭頂部挫傷などの傷害を負わせ、

第三  法定の除外事由がないのに、前同日前記第三奥田マンション二〇五号室の自室において、フェニルメチルアミノプロパン塩を含有する覚せい剤粉末〇・〇八グラムを所持し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(証拠能力についての判断)

一、弁護人は、検察官から取調請求があった覚せい剤粉末は、被告人が傷害事件の現行犯人として逮捕された際、逮捕現場の捜索によって発見されたものであるが、右の捜索は必要性がないのになされた違法なものであり、右覚せい剤は違法に収集された証拠であって証拠能力がないと主張する。

二、関係各証拠によれば、右覚せい剤捜索の経過は次のとおりである。被告人は判示第二の日時に前記第三奥田マンション二階の二〇三号室前の廊下において、写真撮影中であった私服警察官瀬口逸二に対し判示のような暴行、傷害を加え、暴行に使用したカメラを右の現場に遺棄して右二〇三号室隣りの自室である二〇五号室に逃げ込んだ。瀬口からの連絡によりパトカー等により直ちに現場に到着した警察官らは、右二〇五号室に入り、被告人を現行犯人として逮捕した後、その現場である右二〇五号室の捜索をしたところ、奥六畳の間の化粧台の中から前記覚せい剤を発見し、被告人からの任意提出の形式によりこれを領置した。

三、ところで捜査官憲が現行犯人を逮捕する場合、逮捕の現場で捜索することができるが、その場合捜索の必要性が要件とされていることは明らかである。前記捜索の指揮をした小野昭一警部補は、その証言中で捜索が必要であると判断した根拠として(1)兇器の発見 (2)カメラの附属品の発見 (3)犯行動機の解明をあげている。しかし、前記傷害事件犯行の兇器であるカメラは犯行現場である廊下に遺棄されており、そのことは同人らもすでに知っていたのであり、右事件の捜査のために被告人の居室にある兇器を捜索する必要があるとは思えない。カメラの附属品の発見といっても、被告人が右附属品を自室内に隠匿したと疑うような状況も窺えない。また、犯行動機の解明についても、組織的、集団的犯罪ならともかく、本件のような個人の偶発的犯行においてまで被告人の居室を捜索する必要性を理解することが困難である。以上の諸点を考慮すると、右捜索を指揮した小野警部補の捜索の必要性の判断には誤りがあり、右の誤りは単なる裁量の誤りの程度を超えて、右の捜索を違法とするものというべきである。

四、しかしながら、証拠物は違法に収集されたものであっても、供述証拠と異なり物それ自体の性質、形状に変質をきたすことはなく、存在、形状等に関する価値に変りがないことなどからすると、収集手続に違法があるからといって直ちに証拠物の証拠能力を否定することは原則論としては相当でないというべきである。被告人が犯罪を犯していることは間違いないが、証拠物の収集手続が違法であるから無罪であるとすることは、一般論としては国民の常識に合致しないであろう。しかしながら、証拠物の収集の手続に憲法三五条ないしこれを受けた刑事訴訟法の規定の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があるときは、場合によっては、その証拠能力を否定することが相当であり、そのことは却って国民の常識と合致すると思われる(最判昭和五三年九月七日裁判所時報第七五一号一五八頁参照)。

五、これを本件についてみると、本件は適法な現行犯人逮捕がなされた際の捜索に関するものであり、現行犯人逮捕の場合令状なくしてその現場の捜索をなしうることは憲法三五条、刑事訴訟法二二〇条が明文をもって認めているところであり、本件の場合その必要性の判断を誤ったというに過ぎず、しかも、捜索の必要性の判断は捜査官の裁量に委ねられる余地が大きいと考えられるので、前記覚せい剤の収集手続の違法は令状主義の精神を没却するような重大なものではないから、その余の点について論ずるまでもなく、その証拠能力はこれを肯定すべきであると考える。

(法令の適用)

判示第一、第二の各所為

刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号(懲役刑選択)

判示第三の所為

覚せい剤取締法四一条の二・一項一号、一四条一項

併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重)

執行猶予 同法二五条一項

没収 覚せい剤取締法四一条の六本文

訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文

(裁判官 竹重誠夫)

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